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その詩は、地方の民謡を集めた「風(ふう)」、中央の朝廷における詩である「雅(が)」、祭祀に用いた詩の「頌(しょう)」と大別される。そのため作者は必ずしも朝廷に関係するものとは限らず、王侯から庶人に至るまで詩は集められている。これはかつて、采詩の官がおり、地方の詩を中央に送ったとされるからである。
詩経は春秋と同じく孔子の政治思想がそこに隠されているという見方が強かったが、朱熹はこれを否定し単純に優れた詩を集めたものと解釈した。
『史記』によれば、当初三千篇という膨大であった詩の集まりを、孔子が三百余編に編成しなおした、とされる。