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魔笛(まてき、独 Die Zauberflöte, K.620)は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが1791年に作曲したオペラ(ジングシュピール)で、彼の最後のオペラ作品である。台本は興業主・俳優・歌手のエマヌエル・シカネーダーが自分の一座のために書いた。 後日、座員のギーゼケがかなりの部分を自分が書いたと主張したが真偽は定かではない。
| Table of contents |
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2 登場人物 3 あらすじ 4 参考文献 |
初演は1791年9月30日、ヴィーンの郊外に設けられたシカネーダーの「アウフ・デア・ヴィーデンのフライハウス劇場」で行なわれ、大好評を博した。宿敵アントニオ・サリエリが愛人カヴァリエリとともに公演を聴きに来て大いに賞賛したと、モーツァルトはバーデンの妻に手紙を書いている(10月14日)。
同じ年の12月、死の床にあったモーツァルトは時計をみながら当日の上演の進行を気にしていたという(フリードリヒ・ロホリッツのモーツァルト逸話集:1798年)。
シカネーダーの興業は宮廷劇場と違って一般市民を対象としており、演目もそれにふさわしい形式ばらずわかりやすい物を中心とした。魔笛の各所には聴衆を楽しませるスペクタキュラーな仕掛が登場する。言語もドイツ語で、レチタティーヴォに代えて台詞で筋を進行する、ジングシュピール形式を用いた。
物語は王子によるお姫様の救出劇として始まったものが、途中で善玉と悪玉が入れ替わるという奇妙な捻れがあることが指摘されている。こうなった原因として、シカネーダーが台本作成中に他の作品で似た筋書きが発表されたため急いで変更したためであるという説もあるが、今日では単なる意外性を求めたストーリー上の工夫とみなすのが普通であろう。
フリーメーソンのさまざまなシンボルや教義に基づく歌詞や設定が用いられていることも特徴で、とりわけ各所に「3」を象徴的に使っているのが目立つ。序曲の最初や中間部で鳴り響く和音(同じフレーズが3回演奏される)は、フリーメーソンの儀式で使われるもので、劇中ザラストロの神殿内の場面でも再現する。二人の作者がメンバーとしてフリーメーソンの精神をオペラ化したのだとか、当時皇帝から圧迫を受けつつあったメーソンの宣伝であるなど、教団との関わりを重視する指摘があり、こんにちの演出にも影響を与えている。現在では否定されているが、モーツァルトの急死はメーソンの教義を漏らしたため、フリーメーソンのメンバーが暗殺したという説さえ見られたほどである。
いずれにせよ、第二幕ではそれまでの救出劇から登場人物の(フリーメーソン的な)修行に変わり、ドラマとしての見せ場が少なくなって退屈しそうになる。これを救うのがブッファ的・道化的なキャラクターのパパゲーノである。シカネーダー自身が演ずる役なので当然だが、要所要所に登場し、場をもりあげる。モーツァルトもこの役に親しみやすく魅力的な音楽を与えており、魔笛を代表するキャラクターとなった。
途中から善悪交代する夜の女王とザラストロはオペラ・セリア的な役柄である。このオペラの中の最高音と最低音をそれぞれ歌う歌い手でもある。特に夜の女王の二つのアリアは至難なコロラトゥーラの技巧を要求する難曲であり、才能あるソプラノが若いころ歌って注目をあつめることがよくある。なお、初演でこの役を歌ったヨーゼファはコンスタンツェの姉である。ザラストロの2曲も、低音が豊かなバッソ・プロフォンド歌手にとって重要なレパートリーのひとつでもある。
概要
シカネーダーは当時ヨーロッパ各地を巡業していた旅一座のオーナーで、モーツァルトとはザルツブルク時代の知り合いである。また、モーツァルトが所属した、フリーメーソン(Freemasonary)の会員でもあり、当時仕事がなく生活に困っていたモーツァルトに大作を依頼した。また、当時妻コンスタンツェがバーデンへ湯治に出ていたため一人暮しだったモーツァルトのため、劇場のそばにあずまやを提供した(これは別な場所に移設され現存する)。登場人物
あらすじ
時と場所:時代不詳のエジプト第一幕
第二幕
参考文献
参考:日本語版は『モーツァルト最後の年』海老沢敏 訳, 中央公論新社, 2001年(底本は未確認)