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首相、大臣の靖国神社参拝問題

靖国神社参拝問題やすくにじんじゃさんぱいもんだい)とは行政府の長である内閣総理大臣や国務大臣が、憲法で定める政教分離や公私の別・宗教性等の観点から宗教施設靖国神社を参拝する解釈を争点とする論議。

Table of contents
1 概要
2 政教分離
3 歴史
4 関連項目
5 外部リンク

概要

靖国神社は太平洋戦争時の日本の戦死者や日本のために殉じた人々が「護国の英霊」として祀られており、戦死者の遺族をはじめ様々な人々が参拝する。

「国のために尽くした先人に、国民の代表者が感謝し、平和を誓うのは当然のこと」という意見がある一方で、政教分離・公私の別・利益均衡等の見地から行政官の参拝を問題視する意見もあり、議論が起きている。殊に終戦記念日である8月15日に参拝することが中心的に争われる。

政教分離

参拝を問題視する意見の最も典型的なものは、日本国憲法第20条3項「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」(政教分離原則)に抵触するか否かの解釈である。

この視点に基づく賛否の対立点として、公私の別を論じるもの、宗教性の有無を論じるものがある。

公私の別

公私の別とは「国政上の要職にある者であっても私人・一個人として参拝しているものであるから政教分離原則には抵触せず問題がない」という意見と「公用車を用い、閣僚が連れ立って参拝し、職業欄に『内閣総理大臣』などと記帳するという行為は公人としてのそれであり、政教分離原則に抵触する」という意見の対立である。

宗教性

宗教性の有無とは「参拝は宗教行為ではなく習俗的行為であるから政教分離原則には抵触しない」とする説と「参拝は宗教行為であるから問題である」とする説が対立している。これについては参拝自体が曖昧な行為であるため明快な判断はない。

利益均衡

最近では明確な判断のつけやすい利益均衡の考えから靖国神社参拝問題を考えようとする意見がある。
この利益均衡の意見は参拝行為が、誰にどれだけ利益や不利益を齎し、それがどの程度であれば許容でき、或いは許容できないかを計量的に示そうとするものである。

参拝によって政府が、特定の宗教を差別的に優遇しているか否か。もし優遇しているとすれば、それは他宗教の信者や、その宗教を信じていないものを差別していることになる。 その判断としては、参拝によってその宗教が利益を得るか、という基準が挙げられる。

例えば、首相・大臣の参拝によってその宗教の好ましい社会的認知を広げ、布教に有利という見方ができる。この見方によれば、靖国参拝は靖国神社にとって信者獲得の利益があり、もし参拝が無かったら他の宗教団体へ入信した可能性のある人々を誘導したことから、差別的優遇に該当すると解釈するのが妥当であるとされる。

歴史

;1945年12月15日:連合軍総司令部(GHQ)の国家神道の廃止方針「神道指令」で、靖国神社は一宗教法人に。 ;1946年9月:宗教法人靖国神社の登記を完了。 ;1947年5月3日:日本国憲法施行(政教分離を規定)。 ;1951年10月18日:第49代内閣総理大臣・吉田茂以下、閣僚、衆参両院議長が揃って公式参拝。首相の参拝は6年ぶり。 ;1955年11月17日:政府統一見解「政府としては従来から、内閣総理大臣その他の国務大臣が国務大臣としての資格で靖国神社に参拝することは、憲法20条3項との関係で問題があるとの立場で一貫してきている」。「そこで政府としては従来から事柄の性質上慎重な立場をとり、国務大臣として靖国神社に参拝することは差し控えることを一貫した方針としてきたところである」。 ;1959年3月28日:国立・千鳥ケ淵戦没者墓苑が竣工。 ;1964年8月15日:靖国神社境内で政府主催戦没者追悼式を開催。 ;1969年6月30日:自民党、初めて靖国神社法案(靖国神社を国家管理する法案)を国会に提出。(審議未了廃案) ;1970年4月14日:靖国神社法案、2度目の提出。(5月13日、廃案) ;1971年1月21日:靖国神社法案、3度目の提出。(5月24日、提案理由説明の後廃案) ;1972年5月22日:靖国神社法案、4度目の提出。(6月16日、廃案) ;1973年4月27日:靖国神社法案、5度目の提出。(衆院内閣委で継続審議・審議凍結) ;1973年12月20日:前尾衆議院議長、靖国神社法案の審議凍結解除。 ;1974年5月25日:自民党、靖国神社法案を衆院本会議で単独可決。(6月3日、参議院で廃案) ;1975年8月15日:第66代総理・三木武夫が参拝。「私人」としての参拝(私的参拝四条件=公用車不使用、玉串料を私費で支出、肩書きを付けない、公職者を随行させない)と明言。終戦記念日への参拝は第二次世界大戦後初めて。 ;1978年8月15日:第67第総理・福田赳夫が参拝。公用車の使用、公職者の随行のうえ「内閣総理大臣」と記帳しながらも、私的参拝を主張。 ;1978年10月17日:極東国際軍事裁判(いわゆる東京裁判)における戦犯(いわゆるA級戦犯)ら十四名を国家の犠牲者「昭和殉難者」として密かに合祀(翌1979年4月19日に発覚)。三木首相の「私的参拝四条件」(1975年)を政府統一見解として認めたことがないと内閣法制局が言明(参議院内閣委員会)。合祀されたのは東條英機広田弘毅松井石根土肥原賢二・板垣征四郎・木村兵太郎・武藤章(A級戦犯で死刑の七名)、梅津美治郎・小磯国昭・平沼騏一郎・東郷茂徳・白鳥敏夫・松岡洋右・永野修身(勾留・服役中に死亡した七名)の14名。 ;1979年4月21日:キリスト教徒の第68代総理・大平正芳が春期例大祭で参拝(A級戦犯合祀発覚の二日後)。 ;1980年8月15日:第70代総理・鈴木善幸とともに閣僚が大挙して参拝。 ;1980年11月17日:「私人」参拝を認める宮沢喜一官房長官が、衆議院における答弁(政府統一見解)「政府は首相その他の国務大臣がその資格で参拝することは、憲法20条3項との関係で問題があるとの立場で一貫している。違憲とも合憲とも断定していないが、違憲ではないかとの疑いをなお否定できない。そこで政府は、国務大臣としての資格で靖国神社に参拝することは差し控えることを一貫した方針としてきたところである」。[1] ;1981年3月18日:「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」が結成される。 ;1981年8月15日:鈴木善幸が参拝。 ;1982年8月15日:鈴木善幸が参拝。「私人」か「公人」かの質問に答えず。 ;1983年1月5日:第72代総理・中曽根康弘が参拝。質問に「内閣総理大臣たる中曽根康弘」と答える。現職首相の年頭参拝は戦後初であった。 ;1985年8月9日:藤波孝生官房長官の私的諮問機関「閣僚の靖国神社参拝問題に関する懇談会」(靖国懇)が、公式参拝可能との報告書を発表。 ;1985年8月14日:藤波孝生官房長官談話「中曽根首相は、首相としての資格で靖国神社を参拝する。憲法の政教分離原則との関係は強く留意しており、公式参拝が宗教的意義を持たないものであることを参拝方式などで明らかにする。(かしわ手を打たず、玉串料でなく供花料を公費から支出するなどの)今回の方法であれば、憲法が禁止する宗教的活動に該当しないと判断した」。 ;1985年8月15日:中曽根首相ら閣僚17人が参拝(「二拝二拍手一拝」の神道形式ではなく、本殿で一礼。公費から供花料を支出。これ以後の参拝は、形式上、私的参拝ということになる)。
中国韓国シンガポールベトナムなどから抗議の声が挙がった。以降11年間、終戦記念日の参拝は行われない時期が続いた。 ;1985年8月20日:藤波官房長官「戦没者に対する追悼を目的として本殿または社頭で一礼する方式で参拝することは同項(憲法20条3項)の規定に違反する疑いはないとの判断に至った」ので「昭和55年(1980年)11月17日の政府統一見解をその限りにおいて変更」(衆議院)。談話: [1] ;1986年8月14日:後藤田正晴内閣官房長官談話「昨年実施した公式参拝は、過去における我が国の行為により多大の苦痛と損害を蒙った近隣諸国の国民の間に、そのような我が国の行為に責任を有するA級戦犯に対して礼拝したのではないかとの批判を生み、ひいては、我が国が様々な機会に表明してきた過般の戦争への反省とその上に立った平和友好への決意に対する誤解と不信さえ生まれるおそれがある」ため「内閣総理大臣の靖国神社への公式参拝は差し控えることとした」[1] ;1986年8月15日:みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会(奥野誠亮会長)が集団で参拝、首相は参拝を見送った。 ;1991年9月4日:公式参拝に違憲判断を下した岩手靖国違憲訴訟の仙台高裁判決(1月10日)、県の上告が却下され、確定。「県が本件玉串料等を靖國神社又は護國神社に前記のとおり奉納したことは、その目的が宗教的意義を持つことを免れず、その効果が特定の宗教に対する援助、助長、促進になると認めるべきであり、これによってもたらされる県と靖國神社等とのかかわり合いが我が国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超える(目的効果基準)」と、憲法違反を判示。政教分離原則に関する違憲の確定判例はこれが最初[1](仙台高判平3・1・10、行例集42・1・1) ;1992年2月28日:中曽根公式参拝(1985年8月15日)に対する九州靖国神社公式参拝違憲訴訟の福岡高裁判決。「公式参拝の継続」が靖国神社への援助、助長、促進となり違憲と判示。のち確定。(福岡高判平4・2・28、判時1426・85) ;1992年7月30日:中曽根公式参拝(1985年8月15日)に対する関西靖国公式参拝訴訟の大阪高裁判決。公式参拝は一般人に与える効果、影響、社会通念から考えると宗教的活動に該当し、違憲の疑いありと判示。のち確定。[1](大阪高判平4・7・30、判事1434・38、判タ789・94) ;1996年7月27日:第82代総理・橋本龍太郎が靖国神社参拝。11年ぶり。 ;1997年4月2日:愛媛玉串料訴訟、最高裁大法廷判決「たとえ戦歿者遺族の慰藉が目的であっても県が靖国神社・護国神社などに玉串料を公費から支出したことは憲法が禁止した宗教活動にあたり、違憲である」。[1](最大判平9・4・2、民集51・4・1673) ;1999年8月6日:野中広務官房長官、記者会見で個人的見解と断りつつ、「首相はじめすべての国民が心から慰霊できるよう、あり方を考える非常に重要な時期にさしかかっている」「A級戦犯を分祀し、靖国が宗教法人格を外して純粋な特殊法人として国家の犠牲になった人々を国家の責任においてお祀りし、国民全体が慰霊を行い、各国首脳に献花してもらえる環境を作るべきではないか」と述べた。[1] ;2001年5月9日:第87代総理・小泉純一郎「戦没者にお参りすることが宗教的活動と言われればそれまでだが、靖国神社に参拝することが憲法違反だとは思わない」「心をこめて敬意と感謝の誠をささげたい。そういう思いを込めて、個人として靖国神社に参拝するつもりだ」と明言(衆議院本会議)。[1] ;2001年7月11日:公明党・神崎武法代表「憲法20条(政教分離)と89条(公費支出)に違反するような(首相の靖国神社)参拝は問題がある」。自由党・小沢一郎党首「連立を組むなかで、憲法違反を理由にして消極的ならば、首相と議論してきちんと結論を出さなくてはいけない。あいまいにすませるのは許されない」(日本記者クラブでの党首討論で)。 ;2001年7月30日:外務大臣・田中眞紀子コメント: 「憲法20条にあるように、総理は国の最終的な責任者であり、国家の意思そのものだ。ここは個人だ何だと分けるふうな姑息な手段は使わないでいただきたい」。 ;2001年8月13日:小泉純一郎が参拝。参拝に反対する立場からは参拝したことへの、参拝を積極的に支持する立場からは、前言を翻して終戦記念日を避けたことへの批判も挙がった。参拝は、8月11日に秘書官を通して「内閣総理大臣小泉純一郎」という名入りの献花料3万円を私費で納入。靖国への往復に公用車を用いて福田官房長官と秘書官を随行。参集所で「内閣総理大臣小泉純一郎」と記帳。神社拝殿で身を清める「お祓い」を受け、本殿に昇殿して祭壇に黙祷した後、神道式によらない一礼方式で参拝を行なった。供花料ではなく、献花料としたのは、兵庫県多紀郡篠山町(現篠山市)が、盆に戦没者遺族に線香やロウソクを配布したことをめぐって憲法の政教分離原則に反するかを争った訴訟で、「お盆」、「ご帰壇」、「英霊」、「お供え」、「合掌」などの宗教用語を使った文書が違憲にあたると判断した神戸地裁の指摘を考慮したとされている。小泉純一郎の談話: [1] ;2001年11月1日:小泉公式参拝(同年8月13日)に対する大阪・松山・福岡の各地裁提訴について、小泉首相がコメント: 「話にならんね。世の中おかしい人たちがいるもんだ。もう話にならんよ」(同日各紙夕刊、翌日同朝刊)。福田官房長官のコメント: 「どこが憲法違反なんですかね。内閣総理大臣である小泉純一郎が参拝したんですよ」、「そういうことを言って、小泉純一郎の信仰の自由を妨げるというのは、それこそ憲法違反じゃないですか」。 ;2001年12月14日:中国、韓国などから批判が出たのを受け、福田康夫内閣官房長官は、国立戦没者追悼施設を建設する構想を立ち上げ、私的諮問機関「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」(今井敬座長)を発足させた。 ;2002年4月21日:小泉純一郎、参拝。 ;2002年12月24日:福田内閣官房長官の諮問機関「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」が報告書[1]を提出。「追悼・平和祈念を行うための国立の無宗教の恒久的施設が必要と考えるが、最終的には政府の責任で判断されるべきだ」。その後、懇談会は会合を開催していない。 ;2003年1月14日:小泉純一郎、参拝。 ;2004年1月1日:第88代総理・小泉純一郎、参拝。

歴代総理の靖国神社参拝(回数)

関連項目

外部リンク


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