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阪神淡路大震災(はんしんあわじだいしんさい)「阪神大震災」は、1995年(平成7年)1月17日 午前5時46分、淡路島北部を震源として発生した(大都市)直下型の大地震による災害である。気象庁による命名は兵庫県南部地震という。淡路島及び阪神間を中心に、広い範囲に大きな被害をもたらした。
サンフランシスコ地震、ロサンゼルス地震などで倒壊した高速道路も、日本に於いては安全といわれていたが、それらは縦揺れに弱い構造であり、教訓として生かされていなかったのが大きな危害へとつながった。手抜き工事による倒壊が多くあり被害を大きくした。震災後の火災に消火活動が間に合わず、火災による被害も多く発生した。
また地震直後に現地でボランティア活動に参加した人の数は一日平均2万人超、3ヶ月間で延べ117万人とも言われ、被災地でのボランティア活動(専門ボランティア・情報ボランティアを含む)の重要度に対する一般の認識も飛躍的に高まった。そのため、この年は日本における「ボランティア元年」とも言われる。
後に、1月17日を「防災とボランティアの日」と定めた。
特記
この大震災が、火災を含めた大惨事となった大きな理由は、「この地域が前述した活断層上に位置していた」のと同時に、「(地域住民の記憶や記録の範囲で)地震が少なかったこと」であった。また、例えば北海道各地や東北、北陸などの雪国であれば、地震の多発地帯以外でも、『雪』という重量物が屋根の上に積み重なる前提で家屋が建てられるために、結果的に「地震」など揺れにも強い構造となることも考えられる。
全てではないが、その後のビルディングも含めた建築物を建造や補修する際は、そういった阪神淡路地方の惨劇を教訓とした上で、最低限の耐震性を考慮した構造に変わっていった。また、前述の「高架になっている高速道路や一般道路、鉄道などの橋脚」の構造上の脆弱さが指摘され、行政主導の元、補強工事が順次施工されていった。
しかしながら、「科学的根拠を有した、正確な地震予知・予測」は現在も不可能であり、「活断層上の建造物の耐震性」「地盤の強弱」を前提とした補修、建造であっても、万が一の発生の際は「未知数」である。
また、「地震に起因する火災(特にもらい火)」などは、多くの損害保険などで、てん補除外条項とされているケースが多く、採算性の問題も含め改善が進んでいない。
そういった諸問題も含め、この「大震災」は我が国の災害対策上重要な位置を占め、(地震の少ない地方であったとはいえ)「地震国日本」がこういった人命、建造物問わず、甚大な被害を被ったこと自体が、世界中に衝撃を与えた。
関連項目