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蕎麦

蕎麦そば)とは、穀物ソバの実を乾燥させた後、臼等で挽いて粉にした蕎麦粉を打って板状に延ばし包丁等で幅1~2mm内外に切断してにし、茹でたもの。16世紀末あるいは17世紀初頭に生まれたといわれる。古くは蕎麦切りと呼ばれ、現在は、省略して蕎麦と呼ぶことも多いが、いまなお蕎麦切りと呼ぶ場合もある。

すべてを蕎麦粉で打つと茹でた際に切れやすくなるためつなぎとして小麦粉山芋などを混ぜることが多い。 盛り蕎麦や掛け蕎麦にして食べる。

日本以外に蕎麦を栽培し麺として食べるのは中国・韓国・ブータンである。

蕎麦は材料・加工品ともにアレルギー物質を含む食品として食品衛生法施行規則、別表第5の2による特定原材料として指定されており、同法第11条及び同規則第5条による特定原材料を含む旨の表示が義務付けられている。

Table of contents
1 蕎麦の定義
2 蕎麦屋
3 蕎麦の種類
4 東京の「そば」志向
5 関連項目

蕎麦の定義

30パーセント以上のそば粉を用いた麺を蕎麦と言う。

ソーキそばなどで有名な沖縄そば(沖縄で「そば」と言えば通常これを指す)は、蕎麦粉を一切使わず、百パーセント小麦粉で作られている。このため、1976年(沖縄復帰四年後)に公正取引委員会は、蕎麦粉を使わない「沖縄そば」という名称にクレームをつけ「そば」と称すべきではないとしたが、沖縄製麺協同組合が交渉した結果、特例として「沖縄そば」の表記が認められた経緯がある。

また、焼きそばも「そば」という名であるが、蕎麦粉ではなく小麦粉で作られる。

国内で「蕎麦」として販売されるものは、全て30パーセント以上の蕎麦粉が含まれていることになる。

蕎麦屋

一般に麺類は軽食として疎んじられることが多いが、他の麺類に比べ、古くから蕎麦は酒とともに食されることが多く、現代でも日本蕎麦の専門店は同格のうどん屋に比べ格段に酒の種類が多い。扱う料理の種類も数多く、落ち着いた雰囲気の中、各種銘酒が飲める飲食店として独自の地位を築き、根強いファンが存在する。

蕎麦の種類

冷たい蕎麦

  • 付け麺
    • 盛り蕎麦
    • ざる蕎麦
    • 天付け蕎麦
    • 鴨せいろ
    • 付けとろ蕎麦
  • 冷やしたぬき
  • 冷やしきつね
  • 冷やしとろろ
  • おろし蕎麦
  • みぞれ納豆
  • 冷やしなめこ
  • 冷やしかつ蕎麦

温かい蕎麦

  • かけ蕎麦 - 蕎麦にそばつゆをかけ、薬味として長ねぎを載せたもの
  • キツネ蕎麦
  • たぬき蕎麦
  • 天ぷら蕎麦
  • 月見蕎麦
  • とろろ蕎麦
  • カレー南蛮
  • 鳥南蛮
  • 鴨南蛮 (かもなんばん・かもなんば)
  • 肉蕎麦
  • かき玉蕎麦
  • なめこ蕎麦
  • 山菜蕎麦

各地の名物そば

津軽そば(
青森)、わんこそば(岩手)、はらこそば(岩手)、なめこそば(山形)、紅花そば(山形)、山形そば(山形)、天童そば(山形)、裁ちそば(福島)、磐梯そば(福島)、干しそば(福島・白河)、けんちんそば(茨城)、甚兵衛そば(千葉・印旛沼)、更級そば(東京)、薮そば(東京)、十日町そば(新潟)、素魚(しらうお)そば(新潟・佐渡)、御獄そば(山梨)、戸隠そば(長野)、信州そば(長野)、善光寺そば(長野)、凍りそば(長野)、茶そば(静岡)、日吉そば(滋賀・坂本)、出雲そば(島根)、割子そば(島根)、釜揚げそば(島根)、おろしそば(福井)、にしんそば(京都)、敦盛そば(兵庫・須磨)、祖谷そば(徳島)、薩摩そば(鹿児島

東京の「そば」志向

立ち食い店を中心に全国には「そば」と「うどん」を両方提供する店は多いが、東京では一般にこの様な店を「そば屋」と呼ぶ。

古く江戸では、うどんも盛んに食されていた。 しかし江戸時代中期以降、江戸では蕎麦切り(現在のような麺状。それ以前はすいとん状のいわゆる「蕎麦がき」だった)が流行、うどんを軽んずる傾向が生じたという。

蕎麦とうどんの抗争を酒呑童子退治になぞらえた安永期の珍品黄表紙『化物大江山』(恋川春町作)は、当時の江戸人の蕎麦・うどんへの価値観の一面を描いていて、意外な資料価値がある。源頼光役は蕎麦、悪役の酒呑童子はうどんである。なぜかひもかわうどんだけは蕎麦側についており、蕎麦一色だった江戸でも例外的に人気があったようだ。

以後、江戸→東京では、蕎麦を手繰ることに一種のステータスさえ生じるようになり、「夕方早くに蕎麦屋で独り、天ざる(天ぷら付のざる蕎麦)肴に酒を飲む」ことが、スノッブな趣味として横行するまでに至る。 夏目漱石の『我輩は猫である』(1905)でも、粋人を気取るハイカラ遊民・迷亭が「うどんは馬子の喰うもんだ」とうそぶいて蕎麦の出前を取る描写がある。胃弱症の苦沙身先生が「うどん好き」であることで、うどんのイメージは相対的に冴えないものとなる。

漱石が江戸文化の影響を色濃く受けていた事を想起すれば、『猫』での描写は、江戸・東京におけるある種のステレオタイプにのっとったものだったろう。その観念は容易に抜き難く、現在でも東京では、うどんより蕎麦の方が優勢なままである。

関連項目





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