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足軽(あしがる)は日本の中世の雑兵。農民などから徴集された。
鎌倉時代中期まで武士の戦いは騎馬武者による個人戦を原則としており、足軽は運搬などの兵站や工兵的任務に従事させられることが多かった。
南北朝時代から応仁の乱を経て足軽の集団が奇襲戦力として利用されるようになるが、足軽は忠誠心に乏しく暴徒化するなど無秩序であった。特に応仁の乱では盗賊化した足軽集団が、商店が軒を連ねる京都に跋扈し暴行・略奪をほしいままにすることもあった。
このように足軽は長く戦闘の主役ではなかったが、戦国時代を迎え集団戦が本格化していくと、訓練された長槍・弓・鉄砲の足軽隊が組織され主力軍として活躍するようになった。
戦国時代後期、足軽頭の家禄は一般に200石~500石程度で、中級の武士として認められる存在であったが、兵卒は武士と農民の間に位置し身分は低かった。