韓非(かんぴ)は中国、戦国時代の法家。
韓の王家出身。荀子に師事した。 法家主義を唱え「韓非子」を著す。秦の始皇帝にその才能を認められるが、余りに才能に秀でていたため、ライバルの法学者である李斯に嫉妬され中傷を受け殺される。
秦は法家主義を採用し、天下統一を果たす。
もとは韓子と呼ばれていたが、唐の時代の韓愈(かんゆ)を韓子と呼ぶようになり、韓非子と呼ばれるようになった。
司馬遷の著作、「史記」列伝篇のうち「老子韓非子列伝第三」に韓非子に関して書かれている。
著作 韓非子を参照のこと。