この頃、火星の大接近があり、最接近時の9月3日には 光度-2.5等あまりにまで輝いていた。 この時、「火星の赤い光の中に、西郷隆盛の姿が見えた」という噂が流れ、 西郷星と呼ばれて大騒ぎになった。
やがてこれに便乗し、西郷星を描いた錦絵が何種類も売り出されて人気を博したと、 エドワード・モースの当時の日記にも記されている。
また、この時に火星の近くに位置していた土星も、桐野利秋に因んで 桐野星と呼ばれた。