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発明
蒸気自動車が発明されたのは1769年とされ、蒸気機関車(1804年)よりも古い。発明者はフランスの(元)軍事技術者、キュニョー。
彼は蒸気機関のピストンの直線運動を回転運動に変換する仕組みをつくり、これを用いて、前輪駆動の三輪車を製作した。駆動する前輪ひとつに総ての力(ボイラーの重量も含む)がかかる構造のため、運転しづらかったと言われる。
この試作車の能力は、大人四人を乗せて時速3.5km程度のスピードで走行することが可能だったらしいが、一方15分ごとに水を補給せねばならないという弱点も持っていた。
このあと彼はフランス軍の依頼と支援を受けて、大砲輸送のための2号車の開発にかかったが、これは実用化されることはなかった。この2号車はパリの国立技術工芸博物館に展示されているという。
なお、1号車のほうは、制御が利かず、実験中に壁に衝突して大破したため現存しない。日本では愛知県長久手町にあるトヨタ博物館でその模型を見ることができる。
実用化
その後、蒸気自動車の研究で大きな成果を上げたのは
イギリスのトレビシックで、そのころ進化していた蒸気機関を使用し、1801年12月、に試作車を製作した。
その後、ガーニー、ハンコックらによって乗合自動車として実用化され、馬なし馬車\と呼ばれるようになった。
変転
自動車の黎明期、蒸気自動車は電気自動車、ガソリン自動車と覇を競ったが、ガソリンエンジンの急速な発達によって、表舞台から姿を消していった。
現在
日本では事実上見ることのない蒸気自動車であるが、本場というべきイギリスには蒸気自動車マニアが多数存在し、年に一度、国中から蒸気自動車の集まる祭典があるという。蒸気自動車のメンテナンスには高度な知識と技術が必要になるが、彼らはたいていの修理は自分でやってしまうほど、蒸気自動車の魅力にとりつかれている。
問題は公道を走るときで、相対的に"のろのろ運転"になるため、後続車両に多大な迷惑を及ぼすことが多い。