|
|
18世紀にイギリスで出現し、立憲君主制の標準的制度としてヨーロッパと日本に広まり、イギリス植民地からの独立国を中心に多くの新興独立国にも取り入れられた。
議院内閣制は、内閣がもっぱら議会にのみ責任を負う一元主義的議院内閣制と、内閣が君主あるいは大統領と議会との二つに責任を負う二元主義的議院内閣制に分かれる。議院内閣制として純粋なものは、一元主義的議院内閣制であり、議院内閣制の標準とされる。二元主義的議院内閣制は今日では変則とされるが、初期の議院内閣制は二元主義のものであった。近年では、半大統領制の下で二元主義的議院内閣制が復活している。
修飾語なしに議院内閣制を論じるときに想定される標準的制度である。
一元主義的議院内閣制では、議会が首相を指名し、首相が内閣の他の大臣を指名する。内閣は議会に対して連帯して責任を負い、分裂した状態で議会に対することはない。重要問題で首相と他の大臣が対立した場合(閣内不統一)、大臣が閣内にとどまったまま首相に対する反対派となることは許されず、首相に従うか辞任して反対派になるかを選ぶことになる。辞任を通じて議会内の多数派に変動がおき、結果的に内閣が倒れることは許容される。
内閣は議会の明示的あるいは暗黙的な多数派に依拠しなければならない。議会は、内閣不信任決議を行うことによって、いつでも内閣を倒すことができる。このとき内閣は不信任決議に従って総辞職するか、議会の多数派を再形成するために議会を解散するかを選択する。解散の後、選挙を経て新たに作られた議会は、開会してただちに首相を指名する。選挙で多数派形成に成功すれば不信任された首相が引き続き政権を担当し、失敗すれば別の首相が指名されることになる。
首相指名における政党規律が強まった現代では、国民の支持の変化とかかわりなく議会内多数派が維持できるようになり、首相は重要争点をめぐる解散を避けるようになった。また、世論調査が普及して支持率が常にわかるようになると、支持率低下をみて継続を断念する内閣が増えた。このため、不信任・解散の機構が用いられる頻度は二十世紀後葉から低下している。
例:イギリス、フランス第三・第四共和制、日本国、ドイツ連邦共和国。一元主義的議院内閣制