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阿毘曇(あびどん)、毘曇(びどん)と音写され、対法、論などと訳される。「対法」とは、abhi-dharmaと見て、法(この場合、存在現象)に相対するという意味で、後述のように主に存在現象の分析により、それに対する執着を捨てようとしたことから名づけられたと考えられる。
「教法の究明」と解釈されて、単に論と呼ばれることもある。
釈迦の没後、その教説は経や律に集成されたが、次第に整理され、教説の解釈、注釈、理解などを通じていくつかの学説に発展した。このような究明を阿毘達磨といい、教説をあらゆる角度から分析的に説明することを特色とする。
部派仏教時代には、とりわけ分析的煩雑な論書の作成が多く行われ、現在ではスリランカの南方上座部と、文献がもっとも多く漢訳された説一切有部に属するものが多く伝わっている。スリランカの上座部は、論蔵をもつが、それは法集 などの7つの論書でできており、さらにこの論書の注釈書が作成された。同様に、説一切有部でも「六足論」と「発智論」の7つの論書を論蔵として、多くの注釈書が作成された。
いずれも、分析的研究がすすみ過ぎて、しばしば煩雑になりすぎて、釈迦の真意から離れることもあった。
しかしながら、存在現象の分析と、それをどのように認識しているのかという研究は、後の大乗仏教の精神作用の分析にとって大きな影響を与えた。
この阿毘達磨論書の中で、現在最も著名なのが阿毘達磨倶舎論(あびだつまくしゃろん)であり、説一切有部の発智論 とその注釈書の大毘婆沙論 の内容を体系付けながらまとめ上げている。