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西郷隆盛(さいごう たかもり 通称は吉之助、本名は隆永(さいごうたかなが)。よく知られている「隆盛」という名は、実は父親の名前が誤って広まったもの、1827年 - 1877年)は、日本の幕末、明治時代の政治家。長州の木戸孝允、薩摩の大久保利通と並んで「維新の三傑」と呼ばれる。
薩摩藩の下級武士であったが、藩主の島津斉彬の目にとまり抜擢される。しかし、斉彬の急死で失脚し、奄美大島に流される。復帰するが、島津久光と折り合わず、再度沖永良部島に流罪にあう。しかし、家老 小松帯刀や大久保利通の後押しで1864年の禁門の変以降に活躍し、王政復古や戊辰戦争を巧みに主導した。その後帰郷したが、1871年に参議として新政府に復職。岩倉使節団が外遊中に新政府を主導した。しかし、明治六年の政変での征韓論問題がきっかけで下野、再び鹿児島に戻り、私学校で教育に専念する。1877年、西南戦争に敗退し城山で自害する。
上野の西郷像は高村光雲作。犬は違う作者。
日露戦争前に、西郷隆盛が実は生きている、という風聞が広まった。