GHQ
GHQとは、General Head Quarters の略で意味は総司令部である。日本では第二次世界大戦後に占領統治し、様々な改革を行った連合国最高司令官総司令部のことを指す。日本のポツダム宣言受諾から1952年4月28日のサンフランシスコ平和条約発効の間置かれた。最高司令官はダグラス・マッカーサー元帥。後にマシュー・リッジウェイ中将。
連合軍とはいっても、ほとんどの職員はアメリカ軍人と民間人で構成されていた。GHQ は軍事部門である参謀部と専門部局である幕僚部から組織された。
- 参謀部
- 第1部(G1 人事担当)
- 第2部(G2 情報担当)
- 第3部(G3 作戦担当)
- 第4部(G4 後方担当)
※特に諜報・保安・検閲を任務とする第2部が大きな発言権をもっていた。
- 幕僚部
- 民政局(GS 政治行政)
- 経済科学局(ESS 財閥解体など)
- 民間情報教育局(CIES 教育改革など)
- 天然資源局(NRS 農地改革など)
※特に民政局が「非軍事化・民主化」政策の主導権をもっていた。
GHQの統治は、日本の政治機構をそのまま利用し、日本政府に指示・命令する間接統治であった(いわゆる傀儡政権)。日本政府にとって、占領軍の命令は1945年9月20日の勅令「ポツダム宣言の受託に伴い発生する命令に関する件」(ポツダム勅令、新憲法施行後はポツダム政令)に基づき、絶対的・超法規的性格をもっていた。1946年2月には政策決定の最高機関として極東委員会が、4月には最高司令官の諮問機関として対日理事会が設置されたが、実質アメリカによる統治という性格はかわらなかった。
「敗戦国を戦勝国が完全に支配化に置き、統治を行うことは近代国家の時代に入ってからはなかったことである」、とマッカーサーは述懐している。
年表
1945年
- 8月30日 マッカーサーが厚木飛行場に到着。
- 9月2日 戦艦ミズーリで降伏文書調印。GHQ司令第一号(陸海軍解体、軍需生産の全面停止等)が出る。
- 9月15日 東京・日比谷の第一生命相互ビルを接収。翌日からGHQ本部となる。
- 10月2日 連合国軍最高司令官総本部(GHQ/SCAP)設置。
- 10月15日 治安維持法の廃止。
- 11月6日 持株会社解体令。三井、三菱、住友、安田の四大財閥を解体するという政府案をGHQが承認。
- 12月9日 農地改革を指示。
1946年
- 1月4日 軍人・戦犯・軍国主義者・政治家などの公職追放を指示。
1948年
1950年
1951年
- 4月11日 マッカーサー解任。後任にマシュー・リッジウェイ。
1952年
関連項目